japan-beta.gif

厚塗り短歌 ATUNURI TANKA

イラストレーター・画家 Rokuburuteの雑記帖

2007.08.29

映画「狂った果実」

私の学生時代の研究のひとつ、、、フランスのヌーヴェルヴァーグを代表する
映画監督フランソワ・トリュフォー。
彼が大絶賛した日本映画といえば、中平康監督の「狂った果実」


216G13J7S8L._AA140_.jpg
狂った果実 / 石原裕次郎、北原三枝 他


1956年(昭和31年)の作品ですが、戦後10年後のこの当時、、、
日本人には、あまりにも刺激が強すぎ、この作品は、日本では全く評価されませんでした。
貞操、純潔は当然、、、それどころか手を握ることさえも許されなかった時代。
そんな時代、、、勿論、日本人に受け入れられるわけがありません。

しかし、この映画を見たフランスのフランソワ・トリュフォー監督は大絶賛。
たった17日間で撮影された即物的な面に対しての感動もあったようですが、、、。
...トリュフォーが一番感銘を受けたシーンは、音楽奏でるトランジスタラジオを
前面にバックの海でボートに乗る若者を撮影したシーン。
その音響効果、カメラのアングルは
とてもヌーヴェル・ヴァーグ的といえます。
トリュフォーが感銘を受けたのも頷ける。

私がこの映画を観た時、幾つかのキーワードを知らず知らすに
ピックアップしていた。

海、恋、ダンスホール、ペチコートの広がったスカート、音楽、キス、反抗、若者特有の残忍性、、、。

あっ!!と何かが頭の中でカチンと音を立てた。
私の脳裏で、サガン原作で映画化もされた「悲しみよ、こんにちは」や
マリー・ラフォレがキュートな「赤と青のブルース」といったものがスッーと横切ったのです。


216SNhZFqPL.jpg
悲しみよこんにちは / ジーン・セバーグ、デボラ・カー 他



314T25K99XL.jpg
赤と青のブルース / マリー・ラフォレ、ジャック・イジュラン 他


ここで、想像がつくように、当時の若者文化を象徴する文化というか集合体というか、、、
日本では “太陽族”と言われてますね。
戦後世代の似たような新しい価値観を持った若者たちは、確実に世界的に同時に存在していた、、、。
「狂った果実」は そんな日本での若者たち“太陽族”を描いている。

湘南でバカンスを過ごす富裕層の若者のお話だ。

「悲しみよ、こんにちは」や「赤と青のブルース」も
海、富裕層の若者、反抗、恋、嫉妬、、、
若者の内面(価値観)と彼らを取り巻く環境が、お国は違えど、、、
かなり似通っている。

出演者は、石原裕次郎、北原三枝、津川雅彦、岡田真澄といった
そうそうたるメンバー。

勿論、原作は石原慎太郎氏だ。

湘南を舞台に不良の兄と真面目な弟が、一人の女性をめぐって、、、
結局、最悪な結末になるわけだが、、、。

私自身は、石原裕次郎の演技よりも当時まだ16才という津川雅彦の
演技に魅了された。観た人は、そう思う人も多いだろう、、、。
兄役の石原裕次郎の不良な役柄と反面、
堅実で優しい弟を津川雅彦が演じている、、、そんな温厚な印象が全編ほとんどで
印象づけられるわけだが、ラストシーンで一変、その印象は一気に崩れ去る。

この時の切迫した彼の表情は、この映画の中で一番恐ろしいシーンでもあり、
そして一番素晴らしいシーンでもあるだろう。

また女性として、見逃せないのは、当時のファッションだ。
とにかく北原三枝の美しいことといったら!!
美しく、知的、上品な振る舞い、そして時々見せるいたずらな表情と小悪魔的側面。
こんな魅力的な人は、今の時代にはいないのではないかしら?

彼女と石原裕次郎は、この作品で初共演し、その4年後に結婚する。
余談だが、石原裕次郎は、この北原三枝という大人っぽく上品で美しい女優さんの
大ファンだったそうな。
また、北原三枝という芸名は、木下恵介監督が命名した事でも有名だ。


私自身、明治、大正、昭和初期、昭和中期、、、
つまり1870年代〜1970年代頃までの時代が、とても興味があり
好きな時代、、、つまり好きな文化であるわけだけれども
いちどだけ、どこかの時代の若者にタイムスリップ出来るとしたら
迷わずこの1950年代後半〜1960年代末までを青春時代に当たるように
タイムスリップするだろう。

明治、大正、昭和初期は、戦争、恐慌、貧富の差、男女格差、病気、、、
そして何よりも治安維持法というものがあった時代、、、
何かを表現するものにとって、治安維持法の存在は、大きな壁となってしまう。
いろんな反発と思想は、彼らをそこに留まることをさせず
多くの芸術家たちは、自由を求め外国を目指した。
結果、偉大な芸術家が多く生まれたという事。
それもこの時代であったからと言っても過言ではないかもしれない。
しかし、私は、戦後の大きく変化した時代に生きてみたいな、、、と。

さあ少し脱せんしましたが、ファッションの話に戻りましょう。
この当時、、、1950年代の女性のファッションで印象深いのは、
やはりキュッと締めたウエストラインからペチコートによって
大きくフンワリと広げられたロングスカートです。
本当にかわいらしさと上品さが上手く融合されたようなファッションで
とても憧れます。
ちょうど、私の母親世代なのですが、やはり母親もこのような
洋服を着ていたようです。この当時、花嫁修業の一環として
女性は洋裁を習っていたので、専ら一般市民は、自分の手で作っていたようですが。

↓クリック
50年代ファッションと太陽族について

しかし、ダンスホールなぞは、一般的には、不良の行くところ
言われていたようですね。
「若い男女が手をつなぎ、ジャズをバックに踊る、、、なんてハレンチな!!」
っていった具合かしら??

女性の進学率の上昇という時代背景も手伝ってか、女性であっても
昔のように差別されず、同一の立場で男性と対等に話をしたり討論したり
できるようになり始めた時代、、、つまり高等教育を受ける女子が増え、
女性の知的水準も社会的に認められた時代でもあった。

戦後の若者世代は、なぜ親たちと同じ価値観やファッション、文化でなくてはいけないのだ?
と疑問を持ち始めた。それぞれの世代のいや個人個人の個性が許される社会にならねば
ならない、、、と強く主張し始めた。

それが若者文化の始まりとされており、今の時代も若者は固有の文化を生み続けている。

それが良いか悪いかは別として、私個人的には、今現在の時代は、何でも行き過ぎの感があるように思う。
私も含め現代人のほとんどが、品格がえらく欠けているので、
どうにかしないとこの先の日本が恐ろしい事になるような気がして怖い。

なので、出来る事からひとつづつ、、、
私は素直に「ありがとう」「ごめんなさい」と言う事、、、
最低限それだけは数年前から意識して実行しています。
最近は、道でぶつかっても「すいません」と言える人、、、少ないですよね。。。
悲しい日本です。

なぜ私が1950〜60年代に強く関心を持っているかと言えば
若者は個性も主張しつつ、モラルと知的な価値観をも同時に持ち合わせていたから。
そして、人と人が今よりももっと強く繋がっていたように感じます。
そんな根底があるから私はこの時代が好きなんです。

えらく脱線しましたが、
プチグラパブリッシング発行の「至極のモダニスト〜中平康〜」の中で
宍戸錠氏が「狂った果実」について言っている言葉は
この映画の意味を端的に上手く表現している、、、

以下、抜粋。。。


《「狂った果実」は強烈で新鮮だった。

 若者は狂喜した。

 上映反対を叫んでいた団体もあったが、若者には関係ない事だ。

 古い時代の空気をぶち破った、若者の本音の叫びがあった。

 「太陽の季節」は映画的に生ぬるかったが、この映画で「若者の季節」

 がやってきた。

 イカシテタ。》


DSC02239.jpg
至極のモダニスト 中平康 / ミルクマン斉藤